満足感と充実感に酔いながらも緊張の下山

 いつまでも滞まっていたい気持ちを振り切って、下山を開始する。しかし、まだまだ緊張を緩めるわけにはいかない。安全に下山して初めて登頂である。これから辿る北峰までの細い稜線を眺め、緊張感を新たにする。それにしても、この高所恐怖症の自分がこの稜線を歩いて来たことが信じられない感じもする(1)。

 頂上直下はこのコースでもっとも急なところである。滑落したら奈落の底である。EIZIさんの勧めで、初めてピッケルを使うことにする。来るときはまだ雪が堅く気にならなかったが、こちらのアイゼンは6本爪の安物で柔らかくなった雪が付いて団子状になる。それをピッケルで叩き落としながら彼の切ってくれるステップを辿って安全に下る。

 急斜面を下りてホッとするが、今度は細い稜線が続くいくつかの登り返しもある(2)。細いところは3点確保ができるストックの方が自分には有利である。ピッケルをストックに変え、雪も腐ってきて、ステップも楽に切れるので、雪が団子状に付くアイゼンも外して進む。こんなところを自分が通ってきたのかと思うような凄いところもあったりで、ぞっとする(3)。

 途中、明日は雨を予想させる太陽の暈が現れる(4)。今日中の下山が正解であると、早めに行動したことと予想より速く登頂できたことに感激しながら下山を続ける。

来るときには見渡す余裕がなかったが、深い谷と足下から切れ落ちる急斜面を形成する東側のクマの沢と西側のシュンベツ沢の迫力が凄い。1500mほどの山でこれほどの高度感を味わうことはない。これが日高山脈の魅力である。

 1512ピークを越えると。それほど緊張場面は少ない。近づいてきたトヨニ岳北峰と南峰を眺めながら(5)、まだ疲れを感じることがない歩を進める。

北峰の頂上に、行きでは気付かなかった三角点と単独行の男性のテン場の跡があった。狭い頂上で二人ともそれらに気付かなかったということは、気持ちが前にしか向いてなかったということで、二人思わず苦笑しながら休憩する。
ついにテントの見えるところまで戻る。まだうれしい12時である(6)。まずは、昼食を摂りながら1時間ほど休憩の後、テントを解体し、全装備のリュックを背負う。

 10分で本峰(南峰)を越え、来るときはホワイトアウトだった細い稜線の先の東峰を目指す(7)。展望は凄いが、それらを楽しむ余裕はなく、EIZIさんの踵だけを見ながら恐る恐る進む。

 東峰を越えても急な下りが続く。急なところはEIZIさんの切ってくれるステップを辿り、登りの2〜3歩を1歩でどんどん下る。

 眼下に、下り立つ495上二股とその上に架かる博清橋が見える(8)。自分たちの昨日の足跡を辿っているのに、途中で、登りでは気付かなかった笹薮だけの尾根にぶつかる。タイミング悪く、その直ぐ上から左側に尾根が派生している。そっちと間違えたと思い、少し登り返してGPSで確かめると間違ってはいなかった。要するに、一日ですっかり雪が溶けてしまったらしい。

 だんだん疲れてくると、踏み抜きから足を抜くのが辛くなる。それでも、登りで4時間要した南峰から2時間で、535二股に下り立つ。

 デポして置いた長靴に履き替え、長靴より深いところも構わず、何度も渡渉を繰り返して、ゴールとなる野塚トンネル十勝口を目指す。

 駐車場には車が増えていて、日帰りで野塚岳へ登ったと思われる人々で賑わっていた。着替えをして帰路に就く。

 途中、忠類村や更別村から見える日高山脈の山々の中から、登ってきたトヨニ岳とピリカヌプリを同定できないもどかしさを感じながら、車を走らせる。

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