1560JP南東下降尾根を下り、ソエマツ川へ(写真も撮る余裕のない下降でした)

 いよいよ、雨の中の藪尾根下りである。エスケープルートとして、この尾根の存在と情報を提供していただいたことに感謝してスタートする、もちろん辿る尾根は見えない。頼みはGPSのみである。増水しているであろう川も心配であるが、台風の影響でどんどん天候は悪化する一方である。停滞は許されない。雨はかなり強く降り続く。

 頼みのGPSであるが、上空は林に覆われガスの影響か衛星をつかめないときがあったりで、何度か迷ってしまう。尾根だと思って下っておくと突然岩場に出でて、沢地形になる・・・・そのたびにGPSで確認し、うっすらと見える尾根に乗っては安心する。しかし、私のGPSは、なぜかスイッチを入れたときだけ現在地を掴むが、あとはこちらに歩きに合わせて三角印が動かないのである。これでは使い物にならない。先日の東大雪の丸山と同じように、本当に必要なときには役立たずの持ち主に似たGPSである。頼りはEIZIさんのGPSだけである。しかも慎重な彼は2台のGPSを持ってきているのである。

 ところが、その途中、手で払いのけたダケカンバの枝が私の目を直撃、目から火花が飛んで、いい方の左目がほとんど見えなくなる。いつも山のときは掛けている眼鏡は神威岳への途中で踏んづけてフレームを折ってしまっていいたのである。頼りは0.3の乱視の右目だけ。EIZIさんに見てもらうと白目が全部充血し、お岩さん状態だそうである。でも、痛みはそれほどなかった。それから30分もしないうちにダブルパンチ、その左目を笹の枯れた茎が直撃。痛いのなんのって、眼球を動かすと激痛が走る。

 ついに、ずっと後ろを歩いてもらったEIZIさんに先に出てもらい、ルートファンディングをお願いし、私はただ目の痛みに耐え、涙を流しながら後ろを付いていくだけ・・・。しかし、1300辺りから鹿道が現れ、大いに助かるが、これもこっちの都合通りではなく、これもときどき迷う原因となったりする。とんでもない急な笹藪を登り返して正規の尾根に出るなどといったこともあった。雨の中の藪下りなので、二人とも何十回転んだり、滑落したか分からない。しかし、お互いに笑いはなく、怪我がないことだけにホッとしてまた下り始める。自分の目も痛いが、彼の肋骨も転倒のときは激痛が走っているはずである。でも、幸い途中から雨が上がってくれ、気分的に楽になる。

 標高1000mを越えた辺りから、ゴーゴーと増水した川の音が聞こえ、樹間の遥か下にその様子が見える。最後は木にぶら下がりながらとんでもない急な藪斜面を下り、なんとか4時間でソエマツ川513地点にぴったり下りることができる。しかし、まだ安心はできない。この増水した川を下りきれるか、最悪の場合は「台風が過ぎるまでの停滞」が頭をよぎる。雨も上がっていることもあり、そこでカッパを脱いで、ゆっくり休む。増水しているのに水がきれいなままなのは、さすが日高の奥深い山である。川の水をがぶ飲みし、痛む目を冷やす。

 股下あたりの深さのところを探し、渡渉しながら下って行く。でも、腰辺りまでの深さになるところもあり、緊張の渡渉である。まもなくすると、右岸に垂直に切り立った10m以上の函にぶつかる。水量が少ないときは渡渉で切り抜けそうであるが、今回は不可能である。そこは、まず、大高巻きルートを偵察しに、EIZIさんが登り、目処が付いたところで彼がロープを垂らしてくれる。その地点は無事通過。

 一難去ってまた一難、今度は20m以上、両側が切り立ったとんでもない函にぶつかる。地図で見てもはっきりと分かる地点である。しかも右岸は垂直の滝が合流している。ここは左岸を大高巻きするしか方法はない。決意し、もの凄い急斜面の笹藪を登るうちに鹿道兼踏み跡を発見。もっと上から巻くつもりだったがその鹿道に賭けて見ることにしたら、意外に楽に突破でき、大感激である(1)(大高巻きを下りてひと安心の貴重な一枚)。あとは地図を見てもそのようなところはなさそうである。

 1時間ちょっとで、当初計画していた574地点からの合流地点の404地点に到着する。ここからは函も滝もないという情報を得ていたので、ここまで来て少しホッとするが、その下も何度かの渡渉をくり繰り返して、川下り3時間で、河原の木にぶら下げてきたテープを発見。車デポ地点に到着である。「まさに、生還!」の気持ちである。

 しかし、喜びはそれで終わりではないのある。添松林道入り口のゲートの鍵を神威山荘に置いた私の車に忘れていたのある。目の痛みに見かねたEIZIさんが、添松林道入り口ゲートから一人で最低10km以上はある林道を小走りで取りに行ってくれる。幸い、途中で工事関係の車に頼んで、山荘まで行ってもらったということで、1時間で戻ってくる。その間、壊れた眼鏡をガムテープで補修し、痛い方の左目の瞼を指で吊り上げながら、彼の後ろについて静内の眼科病院まで・・・・。そこで、彼と別れる。

医者によると、目の痛みや見えないのは、2回目の笹の茎が主因で、黒目の3分の1の薄い皮(角膜)が剥けているとのこと。でも、ばい菌が入らない限り、視力は回復するとのことで、一安心。そのまま運転は無理といわれ、次の朝も診察したいというので、そのまま静内のビジネスホテルで一泊。

 次の日の診察で、わずかながら視力が回復し、黒目の傷も少し小さくなっているとのことが分かり、少しホッとする。函館までの運転は強烈に反対される。しかし、明日は台風直撃である。あさっては私が責任者である大事な会議があるので、強引に医者を説き伏せて、眼帯を掛けたまま、ガムテープで補修した眼鏡の異様な片目運転スタイルで5時間半後に、無事?帰宅。

 次の日、台風10号が日高地方を直撃し、死者や行方不明者、道路や橋の決壊等、復興の見通しも立たないほどの史上最高の被害をもたらす。もし、あのままピリカまで進んでいたら、エスケープルートの情報を入手していなかったら・・・・と思うと、胸をなで下ろす結果である。

 この間、稜線はずっと携帯電話が使え、予定変更のメールをHYMLへを送って置いたので、たくさんの方々から励ましやら心配やら安心のメールをいただき、とても心強く感じる。下山後も、たくさんの方々からメールをいただき心からお礼を申し上げたい。なお、痛めた目は5日経った本日、地元の眼科で再診してもらったら、順調に回復し、あと4日もすれば視力も元に戻るでしょうとのことで、安心する。

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