12:30 道の駅「北前船」
(花見散策)
13:25 登山口
登下山 | 地点 |
13:25
13:50
14:20
14:50 |
登山口
最高点ピーク
山頂
登山口 |
[1:25] | 所要時間 |
15:10 道の駅「北前船」
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松前公園(松前城跡)の裏山で(1)、江戸時代から続く八十八ヶ所霊場巡りコースが整備されている北海道では貴重な歴史の山。
沿革の説明によれば、この霊場巡りコースは、安政6年(1859)阿吽寺の住職経範の主唱で有志が世話人となり、慶応元年(1865)完成した。山開き(5月11日)があり、たくさんの参拝者やハイカーが訪れる。この度も、どの石仏も3日前の山開きでベタベタ貼られたお札で真っ白になっていた。
もともとは将軍山だったが、天文7年(1538)阿吽寺の奥の院として勝軍地蔵を祀ったので、この山は勝軍山と呼ばれるようになったとのこと。 ちなみに、阿吽寺は、15世紀、津軽十三湊にいた安東氏が南部氏に攻められて、その一部が蝦夷地に渡ったが、そのとき同道した多くの僧侶や修験者が建立したものという。
松前公園の桜並木を奥まで進み、第二公園を抜けると登山口で、駐車場とトイレと案内板がある。この日は、花見も兼ねて国道の道の駅から歩いた。松前藩屋敷で妻と別れ、一人で空身で登山口を目指した。
登山口の案内板によると、一周3.3km・・・・
登山口からウッドチップの遊歩道へと入っていく(2)。四国霊場巡りに相応しく弘法大師と一緒に歩くという意味の「同行二人橋」を渡ると、石仏が現れる(3)。
最高点ピーク(頂上)へは、35番地蔵の左側から尾根のはっきりしない踏み跡を辿ると、5分ほどで到着。小さな石の祠があるだけ。下りにはっきりとした踏み跡を辿ったら、別の方へ下っていき、慌てて戻った。
コルへ下り、再び隣のピークへ登り返すと、勝軍地蔵跡のある44番地蔵の中間地点が「勝軍山頂上」。さらに下って、沢地形沿いを登り返して・・・と結構アップダウンの激しい歩き応えのあるコースだ。
ほんものの四国遍路をしている自分としては、霊場の名前を見ては、当時を思い出しながら歩いた。1時間30分でお振り出しへ戻ったが、ほどよいハイキングコースだった。