泣面山(835m)  万畳敷コース  単独行  01,5,13(日)
 
新緑と春の花を愛でながら、大船遺跡のすぐ裏に聳える古代人の生活とも密着していたであろう南茅部町最高峰に登り、登山道の生みの親としての感慨に耽る。
南茅部町臼尻漁港より泣面山を望む
6:00 自宅発
   (大船松倉林道から
    万畳敷へ)
登山地点下山
7:55
8:15
8:25
登山口
稜 線
頂 上
9:30
9:05
9:00
[0:30]所要時間[0:30]

 この山は、いろいろ個人的な想いの重なる山である。まず、合計7年住んだ南茅部町の最高峰でもあり、毎日眺めていた山である(1)地元の人は「泣ゲ面山」と呼んで、漁に出てもどこの海上からも目印にできて、「泣ゲ面山サ雲がカガレバ雨になる」(山名の由来?)というくらい生活に密着した山でもある。しかし、そのころは登山道はなかったのである。

 そして、7年前につけられたこの登山道は、いわば、この私が生みの親(その子供を7年間も放っておいた悪い親?)なのである。この町から転勤する8年前、スキー仲間の森林組合の職員や町議会議員などに「南茅部の最高峰に登山道がないなんて・・・ぜひ万畳敷から登山道をつけて万畳敷とセットで売り出したらいいんじゃないかな?」という私のひとことがきっかけだったのである。次の年、「坂口さんの発案通り町の予算もついて、我々(スキー仲間)で登山道を開削したので、是非登ってみて下さい」という電話をもらっていながら7年間も見捨てていた自分の子供のような道を辿ったわけである。

 実は、4年前に一度ドライブがてら登山口を訪れ、気軽に空身で登ろうと思ったが、余りにも笹藪が凄くてそのまま退散していたのである。その後、『夏山ガイド』増補改訂版の取材に著者の梅沢俊氏が登られたという情報も得ていたり、「函館道有林管理センター」のHPにも紹介されていることを読者から知らされたりしていたりで、「早く登らなければ・・・」と思っていた山である。
万畳敷一面「昆布の森」の造成が進んでいる。
 この4月からGWまで毎週のようにスキーやツボ足で続けてきた夏道の無い雪山登山を打ち上げ、今回は、新緑と春の花を愛でながら山菜採りも兼ね、函館近郊の登山道のあることすら知られていないマイナーな「泣面山」「三森山」を午前中に、そして午後に桜の満開な川汲公園からの「台場山」をと1日3山の計画で家を出る。

 時のアセスで有名になった松倉川沿いの大船松倉林道を登って行くが、最初に登ろうと思っていた三森山頂上がガスに覆われていたので、林道を確認してそのまま泣面山に向かう。大船松倉林道のピークの分岐から何度もドライブがてらに訪れていた万畳敷へ向かう。万畳敷の入り口付近で泣面山の写真を撮って進んでいくと、大正年代を中登山口と深い笹藪に覆われた登山口心に、標高600mの厳しい開拓地だった後、一面笹藪になっていた平坦地がきれいに掘り起こされ「昆布の森」の造成が進められている(2)以前、バブルの頃はここの再開発にゴルフ場やら観光牧場などの話もあったが、海のための森になったことをうれしく思いながら、古い木製の電柱が残る3kmもの直線道路を抜け一番奥まで進む。
頂上手前の荒々しい岩崖
 登山口には、いつのまにか駐車スペースが作られ、標識まで立っている。しかし、背丈以上の笹藪で覆われているのは以前と変わりない。7年前に開削されて以来、おそらく手入れはされていないのであろう(3)
頂上へ続く稜線の快適な道
7:55(登山口)
 わずか30分とはいえ、笹藪漕ぎの覚悟を決め、スパイク付き長靴を履いて、リュックを背負ってその笹藪に潜り込んで行く。踏み跡はある程度はっきりしているが、頭をはるか越える笹が凄い。帽子が脱げ、眼鏡が外れる。下の踏み跡を探しながら潜るように手で掻き分けながら7分ほど進むとその丈も低くなりダケカンバの樹林帯となる。しかし、その後の笹藪の中は踏み跡がはっきりしないので、いろいろ迷い道が付いているようである。
 
 葉に包まれたシラネアオイのつぼみ8:15(稜線上)
 登山口から20分で稜線に出る。目の前に太平洋が広がり、南茅部町の海岸線が霞みながらもずっと続いて見える。頂上の手前の荒々しく切れ落ちた岩場が、下から眺めていたときの迫力ある崖だったのであろう(4)。その岩場を躱して続く細いダケカンバ林の稜線の道は(5)昭和4年の駒ケ岳の噴火で滞積した細かい軽石が露出し、笹藪が消えて途中の薮漕ぎが信じられないほどしっかりしている。いろいろな春の花が咲き、ギョウジャニンニクの群生する快適な登山道である。中でも、葉っぱにすっぽり包まれたシラネアオイの蕾が新鮮で思わずカメラに収める(6)
万畳敷越しに眺める横津岳頂上と雲を被った袴腰岳
 急ぎ足でちょうど30分、頂上に到着。振り返ると横津岳の頂上ははっきり見えるが、その隣の袴腰岳から(7)このあと登ろうと思っている三森山、台場山などを覆うように銚子岬の上空まで濃い雲が流れているのが見える。反対側には樹間から駒ケ岳も霞んで覗いている。しかし、この山の持ち味は眼下に広がる太平洋と南茅部町の展望である(8)合計7年間住んだ大船を初めすっかり全国ブランドになった大船遺跡や大船温泉、そこからだんだん霞んで行く南側の各漁港を中心とした海岸線を懐かしさいっぱいで眺めながら、さらには、すぐ後ろに聳えるこの山は大船遺跡の古代人にも何かと生活に密着した山だったに違いないなどと感慨に耽りながら20℃を越すぽかぽか陽気に身を投げ出して、のんびり35分ほど寛ぐ。
眼下に広がる南茅部町の海岸線
 三森山も晴れそうな気配なので下山を開始する。途中笹藪に入った辺りで、踏み跡を見失いうろうろする。同じようなことが多いと見えて、あちこちに迷い道のようなものがある。適当にそれを辿るとまた正規の道に出る・・・といったことが3度ほどあり、最後は潜り薮漕ぎである。この登山道の生みの親としては、今度は、笹刈り整備の必要性を訴え、できれば一緒にその手伝いも・・・という思いで、7年間の胸の支えを下ろしながらも、新たな課題を感じて、登山口を後にする。

<次の日に飛び込んだ実にタイミングのいい情報>

 この山行記を書いて、登山道の開削を中心になって進めてくれた南茅部町のスキー仲間である森林組合のKaさんに電話をする。ようやく登った報告と登山道の整備の必要性などを話していたら、なんというタイミングであろう・・・まだ、原案の段階であるが、道有林管理センター主催で6月16日に『泣面山登山と昆布の森のつどい』が計画されているとのことである。しかも、当日に間に合うように登山道の笹刈り整備も行われるというれしい情報である。登山道生みの親としては、ぜひ参加してみたいものであると思って、予定表を見たら、何と残念なことに札幌で会議が入っているでないか・・・・。せめて気持ちだけでもなんとかせねば・・・・。                      


 「北海道山紀行」目次へ  HOMEへ

inserted by FC2 system