第15回 おおたき国際スキーマラソン大会
15km参戦記
05,02,06

年代別入賞狙いで、久しぶりに15kmに参加し、懸命に追い上げ、最後は激戦の中なんとか逃げ切って、公言通りうれしい4位入賞を果たす。

天 候曇り
気 温
雪 温
スタート時 気温−0.5℃
       雪温−2℃
ワックス

(効果)
base swix CH6
top  swix HF7+HF8(1:1)
finish セーラFC100焼き付け
(バッチリ!)
記 録 1時間06分15秒
60歳以上の部 4位/112名
(1kmラップ換算 4分04秒)
7.5km途中ラップ 34分20秒
6週連続のスキーマラソン大会の第3戦目である。昨年まで数年は30kmの部に出ていたが、今年は年代別60歳以上の部門となるのを幸いに、昨年までの記録を参考に、入賞狙いでより可能性の高い15kmへエントリーする。ただし、昨年まで日程が重なっていた「十勝大平原スキーマラソン大会」が3月にずれたので、参加者が増えることは確実である。入賞は厳しいかもしれないという想いで、例年通りクラブのバスツアーで大滝村へ向かう。

 結果的には、前半は必死に追い上げ、後半の下りは懸命に逃げ切って、4〜9位までが1時間06分台という大激戦を制し、念願の4位入賞(112名中)を果たすことができた(1)。これまで順位などを気にして滑走したことがないが、今回は同じ部門の400〜500番台のゼッケンを見つけては追い抜くことに必死になって滑った。そのせいか、登りが多いコースだけに、翌日、右上腕に強烈な筋肉痛が残った。

 函館を4時に出発する我がクロカンスキークラブ函館XC−KID'Sのメインイベント「おおたきバスツアー」であるが、今年は、都合の悪い人が多く例年になく少ない参加者である(2)。まずは、記念写真を撮って、受付や準備に掛かる。受付へ向かう途中で、先週の北海道スキーマラソンで再会した四国遍路で4日間同行・同宿した北広島のスーパー健脚大師ことTaさんに出会う。

 出だしで、まず、大きなアクシデントに出会う。アップとスキーテストを兼ねて、グランドへ下るコースを上から滑って行くと、下から登ってくる若い選手が目に入ってくる。左側を抜けてかわそうとしたが、その男性も同じ方向へ避けたために、猛烈なスピードで激突してしまう。しばらく右前頭部が痛くて動くことができない。しばらく蹲って痛みが引くのを待つ。相手が気になって見ると、ストックがバラバラに折れている。自分のストックも?と思って見ると大丈夫であった。クロカンのストックは非常に高く、4〜5万円もするものもある。その選手は見るからに一流の選手のようである。「ストックのスペアはありますか?半分でも払わせて下さい。」と言うと、「ストックのスペアはありますが、お互い様ですから、弁償はいいです。」と言ってくれる。彼は左の頬の辺りが痛いらしく、鼻血の心配もしていた。自分は額にたんこぶができているようである。お互い、滑走には悪影響がなさそうで、少しはホッとして別れる。

 予想より雪温が高かったために、GAULLUIMのAXF20を塗ってきたアトミックの板より、SWIXのHF7:HF8を1:1で塗ったフィッシャーの板の方がよく滑る。その板にスキー検査を受けるシールを貼る(3)。その後、アップを少しして、スキー検査を受けてスタート地点の4列目辺りにスキーを置く。バスに一度戻る途中で、先ほど激突した男性と出会う。スペアのストックを持っている。しかし、鼻血が出たらしく鼻に栓をしているが、向こうの方からこちらを心配して「大丈夫ですか?」と声を掛けてくれる。こちらの電話番号を奥さんに教えて、健闘を誓い合って別れる。

 再びスタート地点へ戻る(4)。スタート時間が迫ると、シード選手がその前にたくさん入って来たために前から8番ほどになってしまう。前にあまり速そうに見えない年輩の男性や女性がいるのが気になる。3kmの歩くスキー部門であろうか?非常に可愛い姿の参加者もいた(5)。

 30kmがスタートして、5分後15kmのスタートである。案の定、自分の列は前の遅い人のせいで、スケーティングのオープン時点では予想よりかなり後ろになってしまう。これまで先にスタートする参加者の少ない30kmに参加していたので、スタート直後はあまりごちゃごちゃした感じがなかったが、参加人数の多い15kmは大変である。幅いっぱいに3〜4列になって滑っていく。ワックスが最高の状態で合っているので、その間を縫いながらどんどん前に出ていく。

 1.5km付近で同じクラブの専属カメラマンのIさんが待っていて、カメラを構えて声を掛けてくれる。ゴール後写真を見たら、直ぐ後ろに5位だった433番の人が写っていてびっくりする。ということはずっと直ぐ後ろを滑走していたのであろう(6)。

 ごちゃごちゃしていたお陰で、オーバーペースになることなく、このコースで最難関の3〜4km地点の標高差100mの登り坂に差し掛かる。ここまでで、60歳代のゼッケンの人を10名近く抜くことができた。登り坂に差し掛かる地点で、遙か前にいると思った余市のWaさんの姿を直ぐ前に見つける。「遅いよ!」と声を掛けると「これからですよ!」と答えて、ぐんぐん登っていく。とても着いていける速さではない。その直後に、明らかに走力の違う503番の人に抜かれてしまう。「この人には適わない」と思いながらも、遅い30kmや15kmの人たちを抜きながら急な坂を登っていく。心拍数はピークに達し、酸欠状態になる。「途中で休んだらどんなにか楽だろう。」と思いながらもペースを落とすわけには行かない。右腕で懸命にストックを押し、一歩一歩できるだけストロークを大きく滑らせることを意識してその坂を登りきる。

 中間地点の7.5kmまでにも数人の60歳代のゼッケンの人を抜き、その手前の給食所でスポドリを2口飲む。中間地点の通過タイムを見ると、これまでの最速の34分台である。「これなら、これまでこの大会で経験のない1時間05分を切ることができるかも知れない。」と気分を良くして、緩やかな登りが続く滑走を続ける。ワックスは下の方より滑りが少し悪い気がするが、気になるほどでない。

 8km付近で426番の人に抜かれたが直ぐ後ろを着いていく。まもなくもう一人の60歳代のゼッケンの人に追い付く。しばらく二人の後ろに着いていたが、一気に二人を抜き、懸命に逃げることにする。10km地点まで逃げ切るとあとは得意な長い下りである。ワックスも標高が低くなるとより合っているはずである。案の定、よく滑る。若い年代の人も抜きながら、どんどん加速して長い下りを楽しむ。直ぐ隣にときどき426番の人が並んでくるが、どうやら自分の方が少しは滑るようである。懸命に振り切るつもりで加速する。

 2kmほど前で、だいぶ疲れが見える411番の人が視界に入ってくる。1kmほど手前でその人を抜き去り、ゴールを目指す。直ぐ後ろに自分の後半に抜いた60歳代の人が続いているはずである。油断をすることはできない。最後の力を振り絞って最後の直線を逃げ切ってゴールする(7)。案の定、直後に400番台のナンバー人が続いていた(8)。タイムは、もっと速いと思っていたが、自己計測で1時間06分台であった。

 いままで経験したことのない競争意識の強い滑走で、これ以上頑張ることはできないくらいほど大満足の滑走である。これで、入賞できなくても悔いはない。まずは、RCチップを返して完走賞の箱入りの長芋をいただく。その後抽選はハズレのポケットテッシュである。キノコ汁を食べて、ほかのメンバーのゴールを待ちながら結果を待つ。仮発表の成績表が貼られ、それを見ると、なんとうれしい4位である。しかも、4〜9位まで1時間06分台という激戦を制した結果にうれしさも倍増である。

 一番若い40歳未満の表彰式を見ていたら、なんと、激突した男性が5位に入賞していた。滑走中には止まっていた鼻血がゴール直後に再び大量に出たとのことである。「帰ったら直ぐに病院へ行ってみます」とのことである。頬の辺りに内出血と思われる部分があるが、腫れは見られない。こちらの怪我も心配してくれるが、額のたんこぶと瞼の小さな裂傷なので、安心していただく。電話番号と住所を聞いて別れる。

 表彰式までには、同じクラブのメンバーがほとんどゴールしていた。彼等の恥ずかしいくらいの盛大な拍手と声援をもらって表彰を受ける。これまでの大会でクラブのメンバーの入賞は初めてである。みんなが自分のことのように喜んでくれる。バスに戻り、靴を取り替えて、缶ビールでまずは一人で乾杯する。ゴール後1時間近くに、四国遍路でお世話になったスーパー健脚大師ことTaさんのゴールをカメラに収めたくて、ゴール地点で探していると、すでにゴールしていて、キノコ汁を食べていた(9)。
 
 バスツアーのメンバーが全員揃ったので、名水亭に寄ってのんびり汗を流す。露天風呂で我がクラブと親しくしている札幌のKiさんの仲間から缶ビールをいただき、のんびり汗を流す。あとは、例年通り楽しい酒宴で盛り上がるバスはひたすら函館を目指して走る。家に帰って賞品を開けてみると、4,000円近くするオールシーズン用のトレッキングソックスであった(10)。


 翌日にはアップされていた「成績一覧」


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