羊蹄山(1898m) 

夜明け前の羊蹄山
 
 「蝦夷富士」と呼ばれるこの山は、富士山とそっくりの典型的なコニーデ火山である。
 日本書紀に「659年に阿部比羅夫が後方羊蹄(しりべし)に政庁を置いた」と記され、松浦武四郎がこれをもとに後方羊蹄山(しりべしやま)と名付けた。後方(シリヘ)羊蹄(シ)で、シは雑草のギシギシの古名だそうだ。今では、文字通りの読みで「ようていざん」と呼ばれるようになった。アイヌ名はマッカリヌプリで、一等三角点の点名も真狩岳ある。現在の頂上は、最高地点の喜茂別コースの直ぐ上にある。(2007,7,10現在)

 私が住む函館からは見えないが、太平洋側に出ると噴火湾を挟んで、その端正な姿が望め、日帰り可能でもっとも登り応えのある山である。

 私がこの山にはじめて登ったのは、昭和42年の6月末、大学2年のときだった。
 山が好きだったS教授に連れられて、大学の研究室の7、8人の仲間で比羅夫コースを、比羅夫駅から、わいわい言いながら登ったのが初めてだった。キャラバンシューズなるものを買って、初めて本格的な登山に挑戦したのである。今のような装備もなく、セーターを持って登ったはいいが、頂上付近はかなり気温が低く、汗で濡れたセーターがバリバリに凍り付き、当時、まだ頂稜にあった避難小屋に飛び込んだのを記憶している。

 次に登ったのは、昭和61年の9月である。
 5年生の長男を連れて、その当時は、今のように登山にハマってしまうことなど夢にも思わなかったので、「こちらの体力のあるうちに息子にいいところを見せなければ」という意識で、やはり比羅夫コースを登ったのである。今より若かったのに、今より辛かったように思う。

 さて、40代後半から一人歩きの山にハマってしまって以降、4コースを全部一人で歩いた。また、2000年4月、念願の「春山スキー登山・大滑降」も実現できた。

[コース別山行記の目次]
 コース山行記目次標高差  私が感じたコースの特徴
8の字縦走(4コースすべて)
2017、8,31
3400m 行動時間約19時間。歩数計87,705歩、獲得標高差3400m、
すべてにおいて、初体験づくし。73歳にして人生最大の冒険?
真狩コース
2014,8,26〜27(避難小屋泊)
2011,9,27〜28(避難小屋泊)
1998,10,10〜11(避難小屋泊)
1995,8,
1992,9,13
1450m 傾斜が緩く、変化に富んで、距離は長いが、もっとも楽に歩け、もっ
とも多く利用されるコース。洞爺湖と噴火湾の眺めが最高。登山口
の施設も充実している。稜線へ出てから頂上まで40分ほど。
比羅夫コース
2016,9,25
2007,7,10
1997,9.30
1548m 整備され、直登が少なく、変化に富み、真狩コースの次に利用者が
多いコース。登山口も整備されている。植生の垂直分布の変化
が顕著で、このコースに沿った地域は「後方羊蹄山の高山植物帯」
として天然記念物に指定されている。
京極コース
2008,9,09(登りのみ)
1995,9,15
1473m 最も古い登山道。スタート地点の標高が最も高く、最短ルートである
が、直登が多く変化に乏しい。
喜茂別コース
2015,6,21
2013,6,26
2008,9,09(下りのみ)
1997,6,22
1513m 08年現在、登山口からの昔の直進する登山道が復活され、3kmほ
どのつづら折りの作業道歩きがなくなった。合目標識はない。
一番急な直登コースゆえに利用が少なく静かな登山が楽しめる。
道は最も歩きやすい。頂上へ直接出る。
山スキー登山
(真狩・神社の沢ルート)       2016,1,31
(喜茂別コース1360mまで)     2014,2,4
(真狩コース途中まで)       2010.1.23
(京極コース・登頂)        2009,5,02
(真狩・神社の沢ルート・登頂)  2000,4,30

北海道でもっとも標高差(1500m)のスキー滑降が楽しめる最高の
春山スキーコースで、GW期間ならツボ足でも可能。噴火口(父釜)
の中も滑降可能。
厳冬期は、1200m〜1400mから下で深雪滑降が楽しめる。
                             

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