義経山(294m)  
静山研修センター側登山口(登り)〜交流広場登山口(下り)  2017,5,8  単独

本別公園から周回できる遊歩道をたどったが、下りは雨の中の下山となった。

登山地 点下山
9:00
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9:20
9:35
静山研修センター側登山口
交流広場登山口
分岐
頂上
10:10
10:10
 9:50
 9:40
[0:35]所要時間[0:30]

本別町は、義経伝説を観光の目玉にしている。本別町の観光パンフによると、「義経は兄の頼朝に追われ30歳で自刃されたとなっているが、実は弁慶などの従者を連れて東北〜北海道へと渡り、さらに大陸に渡ったとされる伝説がある。本別(ポンベツ)にも来て、アイヌに狩猟や農耕、建築法など暮らしに役立つ様々な事を教え、サマイクル(文化神)となった。アイヌの人々に心から慕われ数多くの伝説を残した。この義経山にも登ったとされている」とされている。

 札幌の盤の沢山を下山後、明日予定の知床峠から登る天頂山までの移動途中、士幌温泉の道の駅まではしり、そこで車中泊。翌日、雨が降る前にと、本別町のまだ登っていなかったこの山に寄ってみた。

 今までに「義経の里本別公園」には2度来たことはあるが、低山ということもあり、この山には登っていなかった。しかし、検索してみたら、多くの岳友たちも登っている。しかも、、「義経の里本別公園」から2本の登山道が整備され、周回できるようになっている。さらに、市街地の東町からももう1本の登山道がある。

 本別公園は、義経と弁慶の像が建ち、広大な敷地内には、大人から子どもまで楽しめるパークゴルフ場、フィールドアスレチック、自然の地形を活かした遊歩道などの施設が充実している。義経に関する資料を展示している義経の館や、静山キャンプ場なども併設されている。

 静山研修センター側登山口から登り、交流広場登山口へ下ったが、両側が切れ落ちたナイフリッジを歩くスリル満点の小粒でもピリリと辛い山だった。


  奥の方の静山研修センター側登山口には鹿柵があり、それを開けて入るようになっていた(2)。下の方は、道端にオオサクラソウがたくさん咲いていて、まさに「オオサクラソウろード」だった(3)
 

  一つ目のピークに上がったら、そこから目指す頂上が見えた(4)。そこからいったん下がって、細い尾根となり、それを登り返すと、鋭く尖った岩峰がある。その陰が、下り道との分岐になっていた(5)


 さらに、再び下って登り返す。実にアップダウンの多い山である再び下っていく(6)細いところもあり、結構な高度感のあるところもある。標高の割りに所要時間が長いのは、これらのせいだった。。右から岩場を回り込むように進むと「源氏洞」(7)実に岩場の多い山である。


 源氏洞を回り込むと、急な鉄製の階段が設置されている。高度感満点である(8)恐る恐る登り終えると、上にもまだ続く。再び、右から周り個うむように登って、ようやく岩の上の頂上に到着。
 コンクリートの残骸のようなものがある。初めは三角点かと思ったが、昔、ここにあった、義経神社の基礎部分の残骸だった(9)

 

 眼下には本別町市街地が見える。標高の割に高度感のある山だ(10)下山しようと思ったら雨が降って来た。慌ててカッパの下を履く。それ以降はずっと雨の中の下りだった。
 分岐からは、交流広場登山口へ下る。さらに分岐があるが、その先の岩峰の上には義経神社の社殿が建っていた(11)大正年代には頂上にあって、昭和年代にここに再建されたらしい。


 雨の中を、やはり鹿柵を開けて、登山口に頂着。ちょうどエゾヤマザクラとエゾムラサキツツジが見ごろを迎えていた(12)そこから公園の車道を10分ほど歩き、車を置いてある登山口へもどって、周回完了。

 車で移動して、「弁慶洞」を見に行く。キャンプ場の駐車場から5分ほどで、頭上にぽっかりと穴のあいた「弁慶洞」が見えた(13)


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