三枚岳(1012m)〜豊似岳(1105m)〜観音岳(932m)〜沼見峠(488m)〜猿留山道 <循環縦走>  
単独  05,10,05
薄い藪と鹿道に助けられて日高山脈最南端の1000m超峰・豊似岳を中心とした稜線と猿留山道を繋いでの循環縦走

5:30 襟裳道営肉牛牧場ゲート
5:40 三枚岳・豊似岳登山口
登下山
地  点
5:45
7:10
7:30
8:05
登山口
三枚岳
1088ピーク
豊似岳
[2:20]所要時間
8:30
9:05
10:10
10:40
11:25 
豊似岳
1088ピーク
観音岳
(昼食休憩)
沼見峠
[2:55]所要時間
11:30
12:35
14:15
沼見峠
ガロウ川渡渉
登山口
[2:45]所要時間
[8:30]総所要時間

14:45 百人浜高齢者センター
(入浴)
15:30 えりも町郷土博物館
16:30 灯台公園(車中泊)

 日高山脈最南端の1000超峰でもある一等三角点の豊似岳(1)はなんとしても登りたい山であった(同名のトヨニ岳は主稜線上にあり登頂済み)。ちなみに、トヨニは「沼のあるところの意」らしい。この場合は麓にある豊似湖がそれなのであろうが、主稜線のトヨニ岳の麓に沼があるのだろうか?

 昨年までは、三枚岳までは登山道があるが豊似岳は残雪期にしか登れない山との認識で、稜線で繋がっているオキシマップ岳とセットで二度登山口近くまで行ったが、天候等に恵まれず撤退していた山である。しかし、今年になって、「豊似岳までのはっきりとした踏み跡がある」「豊似岳まで測量のために刈り払い道があるらしい」との情報を得る。

 せっかくなので、この豊似岳と三枚岳だけでなく、可能であれば、これらの山塊のオキシマップ岳、観音岳、ルチシ岳なども登りたいものと、情報をネットで調べている内に、微かな記憶の隅にあった猿留山道の存在に興味を抱く。この山道は、江戸時代に、襟裳岬や現在の黄金道路を避けて、この山塊の南麓を通り、豊似湖を見下ろす沼見峠を越えて目黒地区の海岸まで抜けるために幕府が蝦夷地で初めて開削したという山道である。今回の山行のついでにこの山道の踏破も念頭に置いて、さらに詳しい情報をいただくためにえりも町郷土博物館へメールを入れると、この山道整備の中心となって活躍しているNaさんから丁寧な返答をいただく。

 猿留山道は現在整備中で分かりづらい部分もあるが、沼見峠から登山口までは繋がっているとのことである。一石二鳥狙いで頭に浮かんだルートが今回の循環縦走である。観音岳〜沼見峠の下山ルートは、何度か同行している「地図がガイドの山歩き」のSaさんと一緒に登った山の時計」のOさんの記録があるが、唯一情報がないのが1088ピーク〜観音岳の吊り尾根の状況である。逆に登る気はしないが、例え強烈な藪でも標高200m下って100m登り返すだけであり、なんとかなるであろうと挑戦することにした。

 前日の内に役場(農業委員会)で登山口のある旧道営肉牛牧場のゲートの鍵を借りる。えりも町には温泉はないので、コンビニで教えてもらった百人浜高齢者センターで入浴し(300円)、その駐車場で夜を明かす。快晴の下、太平洋から朝日が昇る中、登山口を目指して牧場の中を車で走るが、おびただしい数のエゾシカが車の出現に驚いて一斉に林へ向かって走り出す。ざっと見ただけでも200頭以上はいたのではないだろうか。今はほとんど使われていないこの牧場は、まさにエゾシカの天国である。
○まずは、三枚岳経由で豊似岳を目指す

 入林ポストのある登山口から300mほど林の中まで車で入ることができ(2)駐車スペースも用意されている。歩き出し部分は暗い林で、林床は鹿に喰われてしまったのか笹も生えていない。しかし、少し高度を上げると細いダケカンバの明るい林となり、一面ミヤコササに覆われた林床に登山道は続く(3)途中で右側の展望が広がり、三枚岳や反射板が2基建つ二枚岳、さらに右側に朝日に眩しく輝く太平洋が広がる。さらに少し登って振り返ると、牧場の向こうに襟裳岬も見えるようになる。左手には樹間から朝日を受けて輝くオキシマップ岳が見える。

 標高800mを越すと、斜度が急になり、快適なダケカンバ林の中を大きくジグを切って登るようになる。二枚岳から続く尾根に乗ると、進駐軍の無線基地だったという昔の発動機のような残骸が残る施設跡(4)と崩壊した2階建ての建物が出現する(5)

 建物の裏へ回るようにして、細い尾根のすぐ右下に続く踏み跡を辿ると三枚岳頂上と思われる1012ピークに到着する。ここまでで、1時間25分である。左手に豊似岳(6)、中央に端正な1088ピーク(7)、右手に観音岳(8)がそれぞれこれから歩く稜線で結ばれて見える。

 尾根の上に続く踏み跡を辿ると、20分であっけなくハイマツに囲まれた1088ピークに到着する。豊似岳を眺めるとコル付近から頂上まではっきりとした刈り分け道が見えるが、なぜかコルまではそのような痕跡は見えない。頂上部分のハイマツには古い鋸目が入った踏み跡があるが、すぐにそれもなくなり、微かに人が通ったような痕跡を残す笹薮とハイマツを漕ぐようになる。ところどころに赤いテープもぶら下がっているが、ここからコル付近までは、今回の山行でもっとも強烈な藪漕ぎであった。

 藪が薄くなるコル付近から急に刈り払いが入ったような道となり、そのまま岩混じりのハイマツ帯の中に入っていくが、かなり以前に鋸で幅広く切り開かれたと思われる道が頂上まで続く(9)コルの両側はどちらも日高特有の深い谷で、登ってくるような踏み跡すらないので、やはり1088ピーク経由で来た一等三角点の測量関係者がこの部分だけ丁寧に切り開いたのであろう。どうせなら、1088からコルまでの間も整備してくれればよかったのに・・・と思わざるを得ない。

 予定より30分以上も早く、2時間20分で頂上へ到着する。ハイマツに囲まれるように刈り払われた部分に一等三角点と白い木杭以外何もないさっぱりとした頂上である(10)。振り返ると越えてきた1088ピークを挟んで右に三枚岳、左にこれから辿る観音岳への吊り尾根が見える(11)

 この山に登っての一番の楽しみはなんと言っても、襟裳岬がどのように見えるかである。エリモはアイヌ語でネズミの意とか・・・逆光気味でやや霞んだ感じではあるが、確かにネズミが伏してしっぽを突き出しているように見える(12)。振り返ると日高山脈の主稜線の山並みが重畳と続く。中央の尖峰が楽古岳でその左側の十勝岳までは識別できたが、その先は白い雲がその峰々を隠しているのが残念である(13)

 西側に続く稜線上には端正な形のオシキマップ岳の頂上が連なるが、そちらへの縦走はずっとハイマツで覆われていて、とても不可能に近い。やはりこの山は残雪期にしか無理なようである。


つづく

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