南奥駈道縦走2日目(10/28)(玉置神社〜行仙宿山小屋)

登山
地 点
 6:45
 7:00
 7:25
 8:15
 9:10
10:35
11:30
13:15
14:30
15:50
玉置神社駐車場
玉置神社(1000m)
玉置山(1077m)
花折塚(952m)
蜘蛛の口(700m)
塔ノ谷峠(910m)
香精山(1122m)
地蔵岳(1250m)
笠捨山(1353m)
行仙宿山小屋(泊)
[9:05]所要時間
 雲ひとつない快晴の朝を迎える。放射冷却でかなり冷えたようだが、冬用の寝袋なので気にならなかった。

 朝出発の準備をしていたら、トイレに寄った男性とご挨拶。北海道から来たと言ったら感激されていた。

 玉置神社へ戻って、お神酒の銘柄にもなっていた御神木の樹齢3000年と言われる神代杉などの巨木をカメラに収める(1)

  先ほど駐車場でお会いした男性が、一つ一つの社を参拝して歩いている。「毎日、ご参拝に来られるのですか?」と聞いたら、「私、ここの宮司なんです。毎朝サラリーマン並みに出勤してくるんですよ。」と答えられた。普通の格好をされているので失礼したが、名刺をいただいた。裏を見たら、奈良県知事公室長、奈良テレビ代表取締役社長などを歴任後、橿原神宮権禰宜を経て、現職にあるようだ。ずっと神職にあった方でないのが意外だった。

 境内を抜けて、玉置山への杉木立の中の道を登る。25分で頂上へ到着。朝日が眩しい(2)。頂上から、東側の展望が広がり、谷には雲海が詰まっていた(3)

頂上からの下り初めはシャクナゲの群落で覆われていた。この下り坂は「かつえ坂(餞坂)」というようだ。




 下りきったところで車道に出る。そこには、大きな「世界遺産 大峯奥駈道」と彫られた大きな岩が鎮座していた(4)しばらく車道を歩くと駐車場とトイレがある玉置展望台。そこからは、今日このあと辿る香精山〜地蔵岳〜槍ヶ岳〜笠捨山の連なりが見える(5)
 
 
 さらに下っていくと、「花折塚」。ここは、元弘2年(1332)、熊野別当定遍の軍勢と戦い討死した、大塔宮護良親王の忠臣片岡 八郎の墓所で、後年道行く人々が、花を折って供えたところから折華塚(おりはなづか )、後に花折塚と称せられるようになったとのこと(6)。この辺りには、昨年、地元恵山で初めて目にしたセンブリが咲いていた(7)さらに下って、1079mの玉置山から最低コルの662mまで下る。ここからは、一気に1122mの香精山への標高差450mの急な登り続く。880m地点のコルの塔ノ谷峠(貝吹金剛)で、昼食タイム。その後続く急な登りには木の階段が設置されている。やがて、頂上が近くなってくると岩混じりの道となる(8)

 
 やがて再び1000mを超えて、第13靡の香精山に到着(9)。そのすぐ上の送電線の鉄塔の建つピークからは、このあと越える地蔵岳〜槍ヶ岳〜笠捨山が見える(10)地蔵岳までの間に、第14靡の拝返し、第15靡の菊ヶ池、第16靡の四阿宿の修行所が続く。


  地蔵岳の岩崖の西尾根斜面の紅葉が非常に美しい。ここまで来てようやくきれいな紅葉に出会うことができた(11)。その先に、紅葉に彩られた断崖絶壁にぶつかる。よく見たら、その垂直に近い10mほどの岩壁に鎖がぶら下がっている。どうやらそこを登らなくてはならないようだ。近くに寄ってみたら、足場はありそうだ。リュック昇降用の鎖もあったが、リュックを背負ったまま登り切った。4日間の南奥駈道では、ここが一番の核心部だった(12)


 そのあとも岩場と鎖場を登りきると狭い地蔵岳頂上(13)。そこからの下りも岩場と鎖場が槍ヶ岳まで続く。結構高度感があって、緊張を強いられた(14)緊張していて、槍ヶ岳のピークはどこか判らないうちに通過してしまったようだ。槍ヶ岳を越えると穏やかな杉林の道となり、笠捨山とのコルが葛川の辻だ(15)


 葛川の辻から40分ほどの登りで、今日の最高峰笠捨山(1353m)に到着。ここは第18靡だ(16)。頂上からは、明日以降辿る鉄塔の立った行仙岳の向こうに続く稜線と、その奥に一段と高く聳える昨年越えた釈迦ヶ岳と孔雀岳も見える(17)


  笠捨山から下ると今日のゴールの行仙宿山小屋かと思っていたが、その間に2つのピークがあり、さらに登り返して予想外の1時間20分も掛かった。その間に根元から曲がった幹から3本の幹が伸びているブナ(18)や杉の老木などが目に付いた(19)。玉置神社から9時間05分を要して、今日のゴールの行仙宿山小屋に到着。しっかりした作りの広い小屋にびっくり(20)

 まずは、水場まで水を汲みに行く。「下り10分」との表示だが、どんでもない急な岩崖地形に設置された長い階段を下り、橋を数ヵ所渡り、着いたところは小さな滝の下で、滝壺状のところから水を汲むようになっていた。帰りの登りが非常にきつかった。結局往復30分も要した。これまで経験したことのないもっともきつい水場だった。帰りに2人の男性がやはり水を汲みに降りてきた。小屋へ戻ったらさらに男女がいて、その4人は同じグループだった。小屋には多くの毛布や枕まで用意されていた。

 
縦走1日目へ戻る   縦走3日目へ続く


「道外の山・目次」へ   HOMEへ

inserted by FC2 system