熊野古道6日目(小辺路)・請川〜熊野本宮大社〜果無峠〜十津川温泉<18km>
単独 2014、5.24
時刻 | 地点 |
5:30
6:20
7:30
8:10
----
9:55
12:15
14:15
14:40 |
請川
熊野本宮大社
道の駅ほんぐう
八木尾
(ウエストポーチ紛失事件)
八木尾
果無峠
柳本橋
十津川温泉 |
[7:35] | 所要時間(正味) |
14:50 温泉民宿やまとや(泊) |
○小辺路とは
熊野本宮と高野山の二大聖地を結ぶ70kmの道である。1000m超の4つの峠を越える熊野古道で最も険しい道とされている。
中世の天皇や皇族の行幸から始まった熊野詣でだが、彼等はこの小辺路はあまりにも険しくて利用していない。近世になって一般民衆の熊野詣でや西国三十三ヶ所巡りに頻繁に利用されるようになったとのこと。
近世以前の小辺路は紀伊山地山中の住人の生活道路であり、20世紀になって山中に自動車の通行できる道路が開通してからも、おおよそ昭和30年代までは使用され続けていた。そうした生活道路が、熊野と高野山を結ぶ参詣道として利用されるようになったのは近世以後のことであり、小辺路の名も近世初期に初出する。小辺路を通行しての熊野ないし高野山への参詣記録は近世以降のものが大半を占め、近世以前の記録もいくつか確認されているが少数である。
距離的には2泊3日で歩けるのだが、その記録はほとんどテント泊だ。宿泊まりでは、宿のある集落の関係で、3泊4日にならざるを得ないようだ。
5:30、パンとジュースだけの朝食を済ませて、早々にスタートしようとしたら、主人が握りたての温かくて大きな梅ジソ三角おにぎりを持たしてくれた。悶々としていただけにとてもうれしかった。これで少し加点となった。それを食べながら国道を歩いて本宮大社へ向かった。
この区間は、昨年の大峯奥駈道縦走の1日目、川湯温泉のキャンプ場に泊り、請川に出てきて熊野本宮大社まで歩いたコースである。
6:20、
4日前に下りてきた熊野本宮大社の表参道の階段を登り(1)、裏鳥居から出て、中辺路と小辺路の分岐の三軒茶屋跡まで同じ道を辿る。
三軒茶屋跡の門を潜って、「右かうや 左きみい寺」と刻まれた道標の立つ中辺路と小辺路の分岐を右に曲がり、高野山を目指す(2)。山を越えて下りたところが国道だった(3)。
7:30、道の駅ほんぐうでゆっくり20分ほど休憩。熊野川の向こうには、これから越えなくてはならない果無山脈と尖った果無山、さらには、八木尾からその横の果無峠まで辿る尾根もはっきりと見えている(4)。 再び国道を歩き、20分ほどで、八木尾の果無峠への登り口までやって来た(5)。
<大ハプニング発生>
その登り口を携帯のカメラでも写そうと思ったら、財布や携帯電話などの入ったウエストポーチがない。道の駅のトイレに忘れたらしい。もし、誰かに盗られたら、一銭のお金もなく、カードもない。この後どうしたら良いかを考えながら、慌てて戻ったがどこにもない。道の駅はまだ開いてない。
お金もないので電話も掛けれない。一縷の望みは親切な人が警察へ届けてくれていることだけ。もし届いてかなったら一銭もないので動きようがない。とりあえず、お先真っ暗な気持ちで近くの派出所へ行ったが留守だった。警察電話が使えるので、とりあえず110番へ。事情を話したら、近くのいくつかの交番へ問い合わせてくれた。
なんと、本宮の交番に届いているとのこと。「助かった〜!」 開いたばかりの道の駅に戻ってバス賃を借りようとしたら、責任者の方が交番まで車で送ってくれた。 届けてくれた人は、旅行中の名古屋の方だった。謝礼も不要とのことだったが、警察から電話をかけてもらって、直接お礼の言葉を申し上げた。良い人に拾われて、感謝・感激! 交番から出たら、5分もしない内に道の駅まで行くバスが来た。道の駅から仕切り直しで八木尾まで戻った。
9:55、1時間45分の遅れで、再び八木尾の登り口から 標高差960mの果無峠への急な石段の道に取り付く。この峠越えの古道には、この八木尾から十津川の櫟砂子まで、西国三十三観音像が設置されている(6)。それらを眺めながら登って行く。やはり、疲れはあるようだ。いつもより休む回数が多い。
七色分岐にある七色茶屋跡を越えると、眼下に熊野川と県境の七色集落が見える(7)。
やがて、三十丁石のそばを抜け(8)、少し登ると、今度は同じ熊野川でも道の駅や本宮方面が眼下に見える(9)。
ちょうどハクサンシャクナゲが見ごろで咲いている(10)。12:10、標高1060mの果無峠に到着。壊れた宝篋印塔とちょうど真ん中の17番観音が立っている。間もなく立て続けに3グループが反対側から到着し、にぎやかになった(11)。
いよいよ十津川へ向かっての下りだ。自分が登って来たよりずっと斜度がきつそうな感じだ。
反対側からでなくて良かったと思うような急な下りが続く。途中で北側の展望が広がる。眼下は十津川の流れと十津川温泉の集落だが、その奥の山並みは明日以降越える峠の山並みのようだ。さらに一番奥の高い山並みは、2年越しで縦走した大峯山脈らしい(12)。
急な坂道を下って行くと、果無観音に到着。ここには峠道唯一の湧水があり、喉を潤すことができた(13)。
やがて、斜度が緩むと、山口茶屋跡。その奥に防風林だった思われる杉の巨木が並んでいた(14)。
その先に、人工的な平坦な土地があった。ここは山口茶屋が雨水だけを頼りに水田を作ったとされる「天水田」とのこと(15)。
さらに下って行くと、林道に出る。そこに「果無峠登山口」の標識があった(16)。
13:45、林道を横切り、標高450m付近の尾根に位置する天空の郷・果無集落へ入って行く。そのそばに、「世界遺産登録」と刻まれた大きな石が設置されていた(17)。
その下の方で畑仕事をしていた可愛いおばあちゃんとおしゃべりをした。宿に着いたら、そのおばあちゃんが写った十津川村の観光ポスターが貼られていたのにはびっくり!(18)。
果無集落からの石畳の九十九折りの道のあまりの急さに驚きながら下った。滅多に経験できない斜度である。あのあばあちゃんも通学の子供たちも登り下りしたのだろう。
十津川温泉は下りたところから右へ進むのだが、熊野古道は左へ進む。その先が明日との接続地点である吊り橋の柳本橋だっ。 幅広で両側に掴まることができない上に凄く揺れて、自分にはとても渡れそうもない(19)。対岸へは国道からも行けそうなので、明日はそうすることに決めて、十津川温泉街の方へ戻った。
1kmほど歩いて、今日の宿の「温泉民宿やまとや」へ到着(20)。部屋はとてもきれいな8畳間。ありとあらゆるものが揃っている。これが普通。昨夜は酷すぎた。
特に温泉棟が凄かった。昨秋に建て替えたという真新しい総ヒノキ造りの建物で、浴槽も広くて源泉掛け流しに大満足。朝ぶろも含めて4回も入ることになる(21)。
ひと風呂浴びて、ビールを飲んだ後、温泉街を歩いてみた。十津川沿いの落ち着いた温泉街だった(22)。
夕食は、同じ経営のドライブインで、その店の名物の釜飯がメインだった。今が旬のタケノコの釜めしだった。とても美味かった(23)。これまでずっとそうだったが、ここでもアユの塩焼きがでた。