カムイエクウチカウシ山 (1979m)  [八の沢コース]   96,9,14

双葉社発行の「わたしの一名山」bRの見開き2ページカラー仕立ての拙稿へどうぞ
04,8,14〜17のエサオマン〜カムエク〜コイカク縦走へ

憧憬の山・日高山脈主稜線の盟主に日帰りで挑戦

9/13 中札内村
   ・ぴょうたんの滝キャンプ場
             (テント泊)
登山 地 点下山
 5:00
 6:15
 7:45
 9:00
10:30
登山口
八の沢出会い
1000m三股
八の沢カール
頂 上
16:25
15:00
13:30
12:10
11:20
[5:30]所要時間[5:05]
18:30 十勝川温泉かんぽ宿(入浴)
 10時30分、誰もいない秋晴れの頂上に立つ。「初登頂は一人歩きで」が高じて、日高山脈に踏み入って3年、15座目。北に南に日高山脈のほぼ全体が見渡せるのに、初めて他を圧する日高山脈主稜線上の盟主の姿が見えない。これまで登ってきた日高山脈のどの山からも目にでき、いつも気になるあのどっしりとしたピラミダルな形が見えないのである・・・・。それもそのはず、今まさにその憧憬の山・日高第2峰カムイエクウチカウシ山の頂きに一人で立っているのである。しかも、眼下の広いカールには人の姿もクマの姿も見えない。まさに「お山の大将われ一人」の快感に酔い知れながら・・・。
八の沢から連続して流れ落ちる滝
 今ブームとなっている深田久弥氏の「日本百名山」には、この日高山脈から最高峰の幌尻岳が選ばれているが、深田氏が幌尻岳に登ったときは、ガスでまったく展望が無かったと言う。もしこの山が見えていたら、また、この山に登っていたら、絶対この通称・カムエクを選んだと思われる。それだけ存在感があり、登高意欲を掻き立てられる山である。 そのコースのほとんどが沢歩きと滝の高巻きの連続(1)。1970年福岡大学の学生3人のヒクマによる襲撃死亡事件。通常は日帰りは無理で、一人歩きは無謀と言われて来た山・・・・・、しかも、この夏、私が辿ろうとしているルートで二件の滑落事故があり、ともにヘリコプターが出動し、ともに重体。出鼻を挫かれる。・・・。しかし、絶対立ちたい、あの頂きに。しかも、一人歩きの日帰りで・・・・他の山から眺める度にその思いは強くなる一方であった。 一人歩きにこだわって5年、ロープや岩登りの技術を必要としない北海道内のほとんどの夏山を登り続けて来た私にとって、この山は一人歩きの最終目標のような存在にすらなっていた山である。私は、「この山こそが北海道最高の山である」と言い切ることのできる山である。

 悪天候が続いたこの夏、二度も登山口まで出掛けては、引き返していただけに、帯広市出張帰りの秋晴れの三連休はこの年の最後のチャンスであった。普通は八の沢出会いか八の沢カールで一泊するコースであるが、いよいよ「カムエクへの一人歩きの日帰り挑戦」である。次の日の天気予報があまり良くないことも、その決断を促す条件となる。 出張の仕事を終え、登山口のある中札内村へ車を走らせ、ぴょうたんの滝キャンプ場にテントを張る。これまでの二度とは違う満天の星空に興奮してか、ほとんど一睡もできないまま夜明けを待つ。

沢の中からカールと頂上を望む◎まず、八の沢カールを目指す。
 4時、来年には完成予定の札内ダムの上のまだ薄暗い林道を走り、登山口となる七の沢出会いを目指す。登山口駐車場には昨日までに入ったものと思われる車が2台ある。一人歩きだけに先に人が入っていると思うとほっとする。 5時、沢歩きスタイルに身を固め、白々と明けてくる中を出発。少しの間林道を歩き、七の沢出会いの最初の渡渉地点に着く。まず七の沢を渡渉し、ついで幅広い札内川本流を渡渉する。ともに膝下位の深さであるが、あと10日もすると稜線が白くなる9月中旬のしかも夜明け前である。覚悟はしていたが水の冷たさが足全体に凍みて痛いくらいである。また、すぐ本流を渡渉し、その後は、主に本流の右岸沿いの小さな流れの川原や中洲を、赤いテープに導かれながら快調に進む。深い谷底から上の方を見上げると高い頂きが朝日に輝いているのが嬉しい。

 1時間15分で、八の沢出会いに到着。川原に自分と同じテントが一張り。その前にやはり一人歩きの男性が立っている。これから登るとのこと。「上で会いましょう」と短い言葉を交わし、八の沢の左岸の河畔林の中の踏み跡を辿る。 やがて、沢も狭く急流となり、大きな岩を伝い歩くようになると、沢の真っ正面に、紅葉に彩られ、表面から朝日を受けて輝くカムエクの大きな山容と特色ある八の沢カールが見えてくる。そのカールから紅葉の中を白い帯となって連続して流れ落ちる滝が、やはり朝日に眩しく輝く(2)。今までの山行で、これほどの神々しい眺めに感動したことがあるだろうか。体全体に電流が走ったようにしばし体が動かない。思わずじっくりとその美事な眺めに見とれてしまう。しかも、頂上までこれから自分が辿るであろうルートがおおよそ読み取れ、その険しさと変化に富むであろう登行に胸が踊る。
1000m三股の3つの滝
  さらに渡渉を繰り返したり、沢の中の岩を伝い歩いたりしながら、徐々に高度を稼いで行くと、右岸のはるか上の枝沢から轟々と流れ落ちる迫力ある滝にびっくりする。そして、まもなく1000m三股といわれる三つの滝が合流する地点に到着。とくに右岸の垂直に切り立った岩壁を白く帯状に百メートル近く流れ落ちる滝は爽快な眺めである(3)。その合流点の下の対岸の小さな平坦地にテントが一張り張られていて、中に人の気配が感じられる。
流れが緩くなりカールが近くなる
 7時45分、いよいよカールまでの、このコースの最難関である連続する滝沿いの急斜面の巻き道や流れの中を攀登るルートに取り付くことになる。しかも、この8月に立て続けに2件も滑落事故があり、ヘリコプターが出動している箇所でもある。気を引き締めて慎重にならざるを得ない。車の台数からすると、これより上にはクマはいても人間は誰もいないはずである。 踏み跡を探しながら、飛沫に濡れた岩や木の根や枝に掴まりながらの三点確保の連続である。一歩滑ったら間違いなく連続する滝の餌食である。しかし、恐る恐る滝を覗いたり、流れの中を登ったりしながら上へ上へと進む。かなり急な登りではあるが、その変化や緊張感の連続で疲れがまったく感じられない。まさに無我夢中の状態とはこのことであろう。そんな状態が一時間も続き、気がつくと、いつの間にかその流れは傾斜が緩くなり(4)、カール下の涸れ沢へと続いて行く。そのままカールの中に入って行き、カール全体が見渡せるところまで進んで行く。
八の沢カール
 紅葉に彩られた火口壁のように立ち上がる白いカール壁とその上に聳える頂上稜線(5)、そして、その上に広がる青空。その迫力ある眺めに思わずシャッターを押し続ける。しばし、その迫力に押し潰されそうな自分と戦いながら、ナキウサギの甲高い鳴き声が響き渡るカール全体を見渡す。 カール底の大きな岩の上にリュックを下ろし、沢歩きスタイルを解き、普通の登山スタイルに着替える。濡れたジャージ、靴下、脚半、地下足袋を風に飛ばないように石で押さえて、その岩の上に広げ、一息つく。過去の忌まわしい事件から、カムエクと言えばクマを連想する山である。落ち着いてその姿を見渡す限りの眺望の中に探してみるが見当たらない。怖いもの見たさで、危害が加えられない距離なら見てみたいもので、ちょっと残念な気がする。カールの上に広がる上空は快晴、この広いカールにたった一人なのに、何の不安もなく、なんとも言えない爽快感と解放感が広がる。

つづく ◎熊の掘り返しと細い急な稜線を踏んで頂上へ

inserted by FC2 system