ソエマツ岳を目指して

 まずは、神威岳頂上をあとにして、急な藪の稜線をとりあえずは標高差270mほどのコルを目指して下り始める。予想以上のハイマツやダケカンバなどの入り組んだ藪の凄さと下りにもかかわらず一歩一歩が常に掻き分け掻き分けで、忠実に細い稜線の上を辿る。ソエマツの遠さに辟易しながらも、不明瞭ながら細い稜線上に踏み跡があるのにも驚く。1時間20分で1361ピークまで下る。振り返ると神威岳がもの凄い鋭角な形で天を突いている。この山も見る位置によってずいぶんと鋭峰に見えるものと驚く(1)。

 進む先の右手には、ソエマツ岳とその右側にゆったりと聳えるピリカヌプリも見える(2)。

 今度は高所恐怖症の自分には果たして越えることができるのだろうかと不安になるほど不気味に鋭く聳える1468ピークを目指しての急な登りである(3)。

 だんだん稜線が細くなり、このコース中最も細いと思われる1468ピーク手前の両側が断崖絶壁のナイフリッジの急な稜線は(4)、視界を目の前だけに狭めて、しっかりと周りに木々に掴まりながら這うようにしてよじ登る。しかし、天候の悪化を予想させるように、この辺りからこれから進む稜線もだんだんガスに覆われ始める。

 スタートして、このピークまで3時間を要している。予想以上の時間である。「この調子なら午前中のソエマツ岳到着は難しい、計画変更も?」という思いが頭をもたげてくる。ここから今度は進む稜線が南東へ向きを変える。目指すソエマツはガスの中に隠れ、手前の1560JPまでの稜線が見えている(5)。ところが、1468の下りだけは唯一日高側の急斜面に花畑が広がり、藪はなく、鹿道兼踏み跡がまさに登山道路もどきの快適さにルンルン気分で1300の最低コルまで一気に下る。

  ところが、喜びはつかの間、その後は、1350mほどまでの急登、最高のテン場いう1560のJPまでの急斜面の取り付きまでの1380mほどで小さなアップダウンを繰り返す岩混じりの稜線の藪の凄さは、このコース最高である。情報によるとこの辺りは一番遅くまで雪が残るところで、藪を覆っているので、踏み跡も発達しないのだそうである。全然高度を稼げないので、時間ばかり経ってさっぱりはかどらない感じである。

 そんな中、後ろで「ゴツン!」と鈍い音がする。振り向くと、EIZIさんが左脇腹を抱え込んで唸っている。どうやら、足が躓いた拍子に肋骨を岩の角にぶつけたらしい。自分も芦別岳の北尾根の下りで同じ経験がある。黙っていると痛くはないし、普通の歩きにはほとんど影響はないが、何かの拍子に激痛が走るのである。しかし、彼には申し訳ないが、ここは進むしかない。その後、あの重いリュックと強烈な藪漕ぎである。かなり苦しかったはずであるが、こっちに気を遣わせまいとひと言も痛みを口にすることはなかった。こちらも彼のそんな気遣いにそのことにはなるべく触れないように心を鬼にして前進する。
 
 やがて、首が痛くなるほど遥か頭上に頭を見せる1560JPの急登の藪も、これまた凄い。しかし、ここは掻き分け、潜り込み、枝で体を引っ張り上げながら高度をどんどん稼げるだけでも、辛さは半減である。

 1560のJPに着いた時点で、頂上までの7時間という予定を越えている。ここは無理すれば4張りほどは張れる快適なテン場である。時折ガスの晴れ間から姿を現すソエマツ岳頂上までは、まだ1時間半ほど掛かりそうである。これでは、今日中のピリカは無理・・・・。行けるところまで行って、稜線上でビバークするか、ヘッドランプ使用でもたどり着くか・・・と考えながら、そこでまずは昼食。

 まずは、やはり頭上にそのピークを見せるソエマツ西峰へ向けて出発(6)。しかし、そこから先の藪もこれまた凄い。20分歩いた地点で、「ピリカを諦めて、さっき1560JPのテン場にテントを張って、ソエマツは空身でピストンし、明朝、エスケープルートとして予めGPSに入れて来た513地点への下降尾根を下ろう」と提案すると、彼にも全く依存はなかった。肋骨さえ痛めていなければ彼は私と違ってまだ楽々のペースであったはずである。そこから再び1560JPのテン場に戻る。

テントを張って、ガスで見えないソエマツ頂上を目指す。ガスが掛かって下が見えないから登れた鋭い双耳峰の西峰を越えて、最後のコルへの下りに掛かった途端、予想を超える遥か頭上に突然鋭い本峰が姿を現し、そこまでの行く手を遮るような岩稜をまじえた細く急な荒々しい稜線が覗く(7)。

それを見た途端、高所恐怖症の自分には、ピリカまで行くなら嫌でも越えるが、無理してあそこまで行かなくてもいいという思いに襲われる。
 
 私が諦めるということを冗談だと思ったいうEIZIさんだけに行くように勧める。私は同じように尖った双耳峰の西峰だけで満足してしまい、その地点でガスの中に消えて行ったEIZIさんを待つ。

 1時間後、彼が戻ってくる(8下の方の赤いシャツ)。彼の口から「やはり行けばよかったのに」という言葉ではなく、「結構怖いところがありました」という言葉に、後悔の念は100%消える。ちょうど2時間後にテン場に戻る。

 その後、天候の悪化を裏付けるように、とうとうソエマツ岳もピリカヌプリもその姿を見せることはなかった。夕食を済ませて、テントに入ったが、凄い南風がテントを揺すり、9時頃から予報通り雨が降り出し、前進を断念したことに胸をなで下ろしはしたが、一睡もできずに雨の朝を迎える。

 

つづく




      



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