広尾岳(1231m)  西広尾川・北尾根コース   単独 04,7,01

鹿が整備してくれている?尾根上の昔の登山道跡の踏み跡を表示テープに導かれて、南日高の端正な山へ

5:30 音更発
7:30 西広尾川林道終点
登山
地点
下山
 7:40
 8:00
 9:13
10:25
渡渉地点
尾根取り付き
776ポコ
頂 上
12:50
12:35
12:00
11:25
[2:45]所要時間[1:25]
15:00 浦河・あえるの湯(入浴)
18:15 神威山荘前(車中泊)

 

 南日高の名峰・楽古岳の南約6kmほどの主稜線上の1186ジャンクションピークからから十勝側へ1kmほど張り出した稜線上にあり(1)、広尾町からはその端正な山容が望まれる(2)。昭和41年に広尾山岳会によって整備された登山道があるが、現在はほとんど整備されていないようである。、そのことを初めて知ったのは、日高山脈山岳センターでもらった日高山脈の登山道情報の地図である。計画には入れていたが、マニアックな山ばかり登るHYML仲間のあまいものこさんEIZI@名寄さんに先に登られてしまっていたので、その情報を頼りにトライすることにする。

 角川日本地名大辞典北海道編によると、この山は、「びろうだけ」とも言われ、昔はピロロヌプリと呼ばれていたらしい。また、別に、地元では主稜線上の1221.9ピークを広尾岳とも呼ぶらしい。広尾の地名の由来は、ピロロだとすれば、アイヌ語で「陰の意」で、山陰の地形にちなむ説がある。

 右手に楽古岳や広尾岳を見ながら、国道236号線を南下し、広尾に向かう。広尾市街地から役場の南の西広尾川沿いに延びる道道987号線に入る。5.5kmほどで冬用ゲートと道路標識があり、その左手に西広尾川沿いに続く美舗装の林道の分岐がある。「茂寄幹線」である。さらに、その林道を6.8kmほど進み、終点近くになると、左手に砂利道の林道の分岐があり、そちらに100mほど入ったところで道は川にぶつかる。その向かい側に古い林道跡が延びているが、その渡渉地点が登山口となる(3)。

 長靴を履いて渡渉し、登山靴に履き替えて出発である。林道跡に続く踏み跡を100mほど進むと、古い白看板が目に入ってくる。薄くなって全部は読めないが、「昭和41年6月に広尾山岳会によって整備された登山道路入口」の看板らしい(4)。その先でその林道跡は決壊しているが、直ぐにその先に続き、右手の小沢を渡っている。向かい側に赤いテープがぶら下がっている。

 そこからフキ原を抜けると、最初は100mくらいであろうか、背丈を越す濃い笹がその踏み跡の上を覆っていて、情報から覚悟はしていたが、ちょうど顔の辺りでクロスしている笹を手で掻き分けながら進まなくてはならない。帽子と眼鏡が飛ぶ。一度抜けるが再びその笹薮漕ぎとなる。笹薮から抜けるとまもなく(渡渉地点から20分)再び沢の決壊地点にぶつかる。ここの向かい側が尾根取り付き地点なのだが(5)、そのことには気付かず、決壊部分のその先にも林道跡の踏み跡が続いているので、そのまま進んでしまう。林道終点附近で沢の向かい側を見ても、尾根に上がる踏み跡も表示テープもないので慌てて戻る。案の定、よく見ると沢に倒木の丸太が丸木橋のように横たわり、その手前の木の枝やその附近に赤いテープもぶら下がっていて、その対岸の尾根の斜面にもの凄い急な踏み跡が見える。往復で13分ほど無駄な歩きをしてしまう。

 石を伝って渡渉し、周りの笹や木の枝に掴まりながら、このコースで最も急な踏み跡を登り切ると、笹薮で覆われた尾根の真ん中に乗る。踏み跡は概ね尾根の中央に付いているのだが、密度はそれほどでもないが、刈り払われた痕跡のない笹薮漕ぎが400〜600mまで続く。踏み跡がはっきりしないところもあるが、表示テープもあちこちに付いているので、藪漕ぎが大儀でなければ迷う心配はない。登りより、下りの方が見失いやすいかも知れない。

 450m附近で傾斜が緩み、笹丈も低くなってくる。しかし、頂上付近が雲で覆われ出し、展望が心配になってくる。550〜650mは急登であるが、600mより上は笹薮もなくなり、鹿が管理・整備をしてくれている快適な尾根道が続く。シャクナゲがちょうど見頃で、目を楽しませてくれる(6)。

 尾根取り付き地点から1時間ほどで776ポコを越える。頭上のガスの中から尖った頂上が覗く。850mを越えると、爽やかなダケカンバ林の中に快適な踏み跡が続き(7)、静かな中に熊よけ鈴の音だけが響く。右手に見えるはずの楽古岳はガスの中である。

 1000mを越えると、再び急登となるが、周りの灌木やダケカンバの幹に掴まりながら高度を上げていく。1100m附近からハイマツ混じりの岩稜尾根となるが、右側に鹿道や巻き道が何本か付いている。岩にはエゾツツジ(8)とイワキンバイが咲いている。

 岩稜を避ける鹿道を辿ると下がりすぎてしまい、沢地形の荒れた源頭地形にぶつかる。鹿道を無視して急斜面をよじ登り稜線に戻る。稜線に戻ったら、岩の根元を辿る踏み跡もあるので、帰路はそちらを辿ることにする。振り返ると、辿ってきた林道の谷とその向こうに広尾の町と太平洋が覗く(9)。

 この岩稜を越えるとまもなくハイマツに覆われた頂上である(10)。2時間45分で、ハイマツが切り払われて整備されただけの三角点も標識もない頂上に到着する。急な尾根登りのせいか、異常に汗をかいている(11)。

 上空は晴れているのに、車で走っているときは快晴状態の下にはっきりと見えていた楽古岳の鋭峰はちょうど主稜線を覆うように懸かった雲のせいで見えないのが残念である。もちろん、その奥の山もである(12)。

 時間的余裕もあるので、1時間も待つが、雲に動く気配もなく、南の方は豊似岳やオシキマップ岳などは見えたが、北の方の展望は変わらず、楽古とその北の山並みは見ることができないまま、諦めて下山の途に就く。

 岩稜は直ぐ根元に続く踏み跡を辿ると岩の途中を通る緊張場面もあるが、登りに採った鹿道よりかなり近道である。急な登りは下りが速い。登りの半分の時間でどんどん下っていく。776ポコで、そのピークをかわすような踏み跡があるので、それを辿るが、どうやらそれは鹿道であり、稜線へ戻らないで別の急な派生尾根へ下っている。GPSで確かめて、藪斜面をトラバースして稜線へ戻る。

 600m附近から笹薮に入るが、登りの時は目の前に斜面が見えるので踏み跡は分かりやすいが、下りは、ときどき見失うことが多い。尾根の中央から外れないと表示テープが付いているので、それほど心配はない。その代わり、登りでは掻き分けるのが大変だが、下りはそれほど苦にならないのがいい。

 急な尾根の眼下に沢が見えてくると、この山行も終焉である。林道跡の藪漕ぎを抜けて、長靴が待つ渡渉地点に到着である。なんとちょうど登りの半分の時間である。これも珍しい山である。それだけ急な尾根登りだということであろう。

 期待した展望は得られなかったが、まだ広尾山岳会があるのであれば、下の林道部分と550m附近までの間の笹を刈り払ってくれると、あとは快適な尾根に登山道もどきの踏み跡が続いているので、もっとたくさんの人に登られる山ではなかろうか?そんなことを考えながら林道を走り、振り返ると、広尾岳も雲の中にその姿を隠していた。翌日は、中日高の中ノ岳の予定なので、天馬街道を抜け、浦河のあえるの湯で汗を流し、登山口である神威山荘をめざす。


 「北海道山紀行」目次へ   HOMEへ

inserted by FC2 system