2日目 2004、10,6  6番〜11番 (晴れ)  <23.0km>  トータル <37.3km>
  
<民宿寿食堂>7:00→(2.0km)→6安楽寺→(1.2km)→7十楽寺→(4.2km)→8熊谷寺→(2.4km)→9法輪寺→(3.8km)→10切幡寺→(9.3km)→11藤井寺→(0.1km)→14:20<ふじや本家旅館>

○快調に歩く・・・が、しかし・・・
 7:00、天候も回復傾向なので、正規のへんろスタイルでスタートする。白衣の下は山のTシャツ一枚で涼しい。昨日は初日で雨ということもあり、なんとなく調子が出なかったが、今日は快調に歩くことができた。最初からペースを掴むために早足で歩き始めたのがよかったことや、靴も体も慣れてきたのかも知れない。

 午前中は5つもの寺を回るので、どのくらいのペースで歩いているのか分からなかったが、午後から「11番藤井寺まで5.9km」という標識があり、その距離を午前中のペースでどのくらいの時間で歩けるか測ってみたら、ちょうど1時間弱で着いた。ということは時速6kmということである。合計12kg以上背負っているにしてはいいペースである。

 明日は、全コース中最難関の一つである「へんろ転がし」といわれる12番の焼山寺までの標高差580mほどの山越えの13kmとその後14番の大日寺までの21kmの合計34kmが待っているが、今日の歩きで見通しがついた。

 ところが、今日の宿の女将さんに明日の予定を話したら、「明日中に13番まで行くのは絶対無理!」と言われた。いろいろ話して、今日中におにぎりを作って置いてもらい、明日、目が覚めたらスタートしすることでケリが付いた。果たして、今日の自信とこれまで山で鍛えた自信がどうなるか・・・・?

○亡妻の供養のためにも
 今日の最初の寺が、亡妻の戒名の中にある2文字と同じ「安楽」寺である。ふと思いついて日常財布に入れて持ち歩いている亡妻の写真を、納経帳の表紙の下の隅に貼った(2)。その方が各寺の納経帳を出すたびに妻の写真を目にできるし、供養にもなるであろうと思ったからである。そんなことを考えながら歩いていると、ときどき涙が止めどもなく流れてくるときがある。

 それを目にする納経所のサインと押印をしてくれる人の反応もうれしい。安楽寺(3)の男性は「まだお若いのに気の毒ですね。でも奥さんと一緒なら心強いですね。いい供養になりますよ」、次の十楽寺(4)の女性は「きれいな方ですね〜。」と言ってくれた。お世辞でもうれしい。

○台風で荒れた四国三郎(吉野川)を渡る
 10番の切幡寺と11番の藤井寺の間に四国三郎と呼ばれる吉野川が流れている。へんろ道を辿っていくと正面の堤防にまっすぐ続く階段があり、「歩き遍路の方はここを登ってください。」と書かれている。上へ登ると堤防でその上に車道も走っている。

 その堤防を越えると再び細い車道である。少し行くと増水時にはその上を流れてもいいように作られた低いコンクリートの橋が架かり、河原の木々にビニールの花が咲いている。よく見ると台風の増水時に流れてきたビニールが樹木全体に絡みついているのである(5)。橋の上で逢ったトラクターに乗った農家の方が、「このトラクターの上より深かったのです。」とのことである。
 
 しかも、その川は吉野川の本流ではなく分流である。その先の大きな中州(中州のようには見えなく後で地図で見て判明)が農地になっているが、その農地も冠水したようである。その農地の中を1km以上も歩いてようやく対岸の堤防が見える。その手前が悠々と流れる吉野川である。北海道の石狩川や十勝川に匹敵するくらいの大河である。この狭い四国の川なのに・・・。

○やっぱりやってしまったおっちょこ
 今日は参拝の手順も慣れてきて、落ち着いて効率的にこなせるようになって来た。ところが油断大敵!10番の切幡寺(6)はこともあろうにここまでの中で唯一の山寺で、かなり急な道を登って行ってから山門があり、その先は333段の石段である(7)。登山で鍛えた足には持ち味発揮のところである。

 ところが、その山門の出店のところにリュックを置かせてもらったのいいが、参拝を終えてそこまで戻ってきて、金剛杖を本堂の前に忘れたことに気付く。お陰でその石段を2往復もすることになる。誉められてその出店で絹飴なるものを買うことになる。
 
 ところが、同じことを次の藤井寺(8)でもやってしまった。学習能力のない人間である。このときもリュックを寺の下にある民宿に置いたことが誘因である。これまでは本堂の前に着くと、リュックと金剛杖をかならずセットで置いて参拝していたので、リュックを背負っていないと金剛杖もないという慣れにおぼれてしまったのである。

○うれしい初お接待の申し出だったが・・・
 ついに初めてのお接待の申し出があった。後ろから走ってきた車が停まった。ふと見ると上品な50代の女性が窓を開けて「歩いて行かれますか?」と話しかけてくる。「乗っていきませんか?」ではなく、その謙虚な話し方に感激するも、「はい、歩いていきます。」と答えると、「そうですか、お気を付けて!」と車は走り去った。

○支出
賽銭240円(20×2×6)、納経代3,000円 スポドリ300円(150×2)、絹飴350円 昼食(冷しそば)450円、ビール2本1000円、宿代6,000円 <合計11,340円>

四国で一番古い安永3年建立の
熊谷寺大宝堂


民宿 本家ふじや

 8人で賑やかな夕食





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