4日目 4/02 チャンドラコット〜シャウレバザール〜ガンドルンへ

チャンドラコット(1550m)7:15〜10:00シャウレバザール(1180m)<昼食>11:40〜15:30ガンドルン(1950m) 

○400m下ってモディコーラ川を渡り、シャウレバザールへ

 5:40にモーニングティが届く。それをいただき、洗面器で配られたお湯で顔を洗い外に出る、昨日は雲で覆われて見えなかったアンナプルナ・サウス峰〜ヒユンチュリ〜マチャプチャレが見えている。朝日にサウスが輝くのをじっと待つ(1)大満足の日の出ショーを堪能し、朝食を摂る。メニューは細かく刻んだ野菜入りのおかゆ、トースト、卵焼きほかである。おかゆにツアーリーダーが日本から持ち込んだ梅干しや塩昆布やお新香などを混ぜて食べる。その後も、朝食は、我々の希望もあり、おかゆ中心のメニューにしてもらった。

 7:15、今回のコースで最もきつい400m下って、800m登るという行程のスタートである。まずは、標高差400mのモディコーラ川の流れる谷底を目指す下りである。途中の村の子供たちが「ナマステ!」と声を掛けて可愛い笑顔を振りまいてくれる(2)キャンディなどをあげたい心境になるが、甘い物は歯医者のいないこの地域の子供たちにとって、虫歯になることの方がかえって不幸だとのことで前もって禁止されている。

 常にサウスとヒユンチュリを眺めながらどんどん下っていく(3)途中には段々畑が広がり、民家が点在し、村人の生活の様子を垣間見ることができるのがうれしい。

 スタートして2時間弱でモドィコーラ川に懸かる吊り橋を渡る(4)。川の水はアンナプルナ・サウスととマチャプチャレの間の奥のアンナプルナ内院から流れ出しているので、残滓を含む氷河からの川独特の濁った乳白色をしている。

 吊り橋を渡った後の川沿いの道は、ジョムソン街道から繋がるジープのタイヤ痕が残る広い生活道路である。標高1100mのこの辺りは亜熱帯に属していることもあり、すでに、気温は30℃を超している。植生もバナナ(5)や木の幹に直接実のなる奇妙な木が目に付く(6)。ちなみに、右側の実は食用ではないそうだ。

  その後も、棚田や段々畑の広がる川沿いの石畳の道を進む(7)。やがて、川から離れて登りとなり、10:00には、予定より早く、昼食場所のシャウレバザールへ到着する。

 休んでいるときにズボンの裾上から血のようなものがポツンと滲み出ていることに気づく。不審に思い、裾を捲り上げてびっくり・・・ズボンの裏側と靴下の上に血がべったりと付いている。血の出ているところをティッシュで拭き取ってみると、靴下との境に直径5mmほどの丸い傷が付いている。ツアーリーダーのYa女史によると、ヒルの仕業だとのこと(8)すでにヒルは付いていなかったが、初体験である。これほどの血が出ているのに、まったく痛くも痒くもないのが不思議なくらいである。毒もないとのことであるが、消毒をしてもらい、カットバンを貼っていただく。

○30℃を超す中、標高差800mの厳しい急登をガンドルンへ

うどんと野菜天ぷら盛り合わせの早めの昼食を摂り、11:40に出発。今回のコース中、最難関の標高差800mの登りが待っている。いきなり段々畑の中の広い尾根の真ん中に石段の急な直登が続く。振り返ると、眼下のモディコーラ川の谷がどんどん低くなる(9)急登の上に、30℃を超す気温である。このような気温での登山は北海道では皆無である。超ビスタリー登りなので、自分はそれほどでもないが、ほかのメンバーは途中の売店でミネラルウォーターを買ってはがぶ飲みしながら、汗を噴き出しての青息吐息の登りである。しかし、生活道路でもあり、物資を運ぶポーターや村人、トレッカーの往来が激しい道でもある。

 休み休みながらも、500mほどの急な直登を続け、2時間ほどで、キムチェという村に到着。この先からは、トラバース気味の道となるので、斜度は緩んでくる(10)

 朝にはすっきりとした青空が広がっていたが、いつの間にか黒い雲が広がってきて、遠望は利かなくなっている。やがて、Koさんの内腿が攣るハプニング発生。ツアーリーダーのマッサージと薬の塗布、内服薬の服用などで、騙し騙しの登りが続き、なんとかシャウレバザールから4時間強で、今日の宿泊場所であるガンドルンのアンナプルナロッジへ到着。

 このロッジは、鉄筋コンクリート柱の3階建てで屋上まである、これまで2度のネパールトレッキングでも経験したことのないほど立派なロッジである。しかも、部屋にトイレとシャワーまでが付いているのにも驚いた(11)

○夕食後、村人の踊りや歌の催しを見に行く 

 夕食は日本風のカレーライスと現地のモモ(餃子)に白菜のおひたしや野菜サラダなどであった。夕暮れ前には黒い雲で覆われていたサウスやヒユンチュリが姿を現したが、夕日に燃えることはなかった。

 ここのガンドルンという村はコース中でもっとも大きな村で、見渡す限りの斜面に段々畑が広がり、ロッジの上や下の斜面には民家が密集している。この村で、昨日、この村に住むノルウェイ人男性と現地女性の結婚式があり、その流れの中で、トレッキングツアー客対象の歌や踊りの催しがあるらしい。トレッキング客相手にこのような催しをして、終わりになにがしかの寄付金を募り、その金で橋や道を直したりするとのことである。私は100ルピーをポケットに用意した。

 日程上の関係で午前中に到着した元気いっぱいの別グループのほぼ全員、我がグループからは私と比較的元気なYaさんとIさん、ツアーリーダーとサーダーとシェルパ全員が行くことにした。しかし、始まるのはいつもは就寝時刻になっている20:30からだという。それでも、ヘッドランプを付けて、急な坂道を下って会場へ到着したが、なかなか始まらない。我々のために椅子を用意してくれる。

 21:00頃になって、ようやく村人が揃い、地面に置く低いアコーディオンかオルガンのような楽器と太鼓に合わせて歌と踊りが始まった(12)踊り手は次々と替わり、そのうちに我々にも踊れと誘う。YaさんとIさんとツアーリーダーやシェルパたちはその輪に入って踊りを楽しんでいた(13)

 しかし、なかなか終わらない。22:00頃、みんな帰りたがっているところへ肝腎の花婿と花嫁がようやく登場(14)ようやく寄付金を集めるお盆を回してもらって、さっさとロッジへ戻った。

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